西洋哲学史において、古代のピタゴラスやプルタルコスにまで遡れる「動物の権利」の系譜は、20世紀半ばまでに一度ほとんど忘却されたのち、シンガーの『動物の解放』によってベンサム以降の功利主義の流れの中に再定位された。2025年の現在においても、それは歴史的にはモンテーニュやヘンリー・ソルト(1851–1939)のような特異点に見られるだけで、線として辿りうるのはシンガー、レーガン、フランシオンを待たなければならないというのが多数の認識かもしれない。しかし実際は、18世紀までの啓蒙時代には人間以外の動物についての考察は大きな論題の一つだった。デカルトの「動物機械」に強く反論したマーガレット・キャベンディッシュ(1623–1673)から、コンディヤック、ヒューム、ヴォルテールまで、著名な哲学者を含め、知識人たちは動物の能力や道徳的扱いについて相当の記述を残している。動物の道徳的地位に否定的な立場であっても、例えばホッブズが、理性の欠如をもって他の動物は社会契約への参加資格を満たさないと説明したように、動物の地位をめぐる何らかの意見表明を行っていた。
本発表では、このように埋もれてしまった「動物の権利」思想を辿るうえで、とりわけ重要な位置を占めると考えられるルソーを取り上げる。『人間不平等起源論』において、自然のうちの人間を他の動物に類する存在、しかも草食の動物として描き出し、人間理性への深い懐疑を表明したルソーは、他方で(人を含む)すべての動物が共有する情念や他者への共感に道徳の根源を見出した。彼のこの考えは『エミール』や『社会契約論』において、人々の他者と繋がる感情を基礎として、自由で平等な社会を形作ろうとする構想に組み込まれている。動物にある種の「自然権」さえ認めるよう主張したルソーの思考は、彼の死後も小さくない影響をもたらした。例えば、フランス革命期に活動したジョン・オズワルド(1760–1793)は、人間観だけでなく、人間と他の動物の間の階層秩序をも打ち砕くことを主張した。また、1802年にパリで公募された論文のなかでは、肉食の非道徳性の指摘や、動物の生存権を制度化するべきだとする訴えが現れた。
以上のように、ルソーの著作を動物倫理の視点から丁寧に読み解くことは、埋もれてしまった動物の権利の系譜を再構築するだけでなく、英米の思想家を軸としてきた既存の動物倫理学の枠組みを広げるための、新しい視座をもたらしうるものである。