発表要旨

私たちの社会では、農業や伴侶動物との生活など、様々な場面で動物が人間の決定に左右されている一方で、動物自身が政治的な場で声を持つことはない。こうした現状を背景に、近年、動物の政治的代表をどのように確立するかが重要な問いとして浮上している。しかし、誰が動物の利益を代弁するのにふさわしいのか、またその選び方にどのような基準を設けるべきかについては、まだ明確な議論が不足している。本発表では、この問題に対する一つのアプローチとして「アニマル・エピストクラシー」という概念を提示する。  本議論の背景として、まず政治哲学におけるエピストクラシー論を取り上げる。エピストクラシーとは、優れた政治的意思決定には一定の知識が不可欠であるという考え方に基づき、知識の豊富な者により大きな政治的権限を、知識の不足した者には相対的に小さな権限を与えるべきだと主張する立場である(Brennan 2016)。この理論は、選挙における合理的無知や感情的投票、情報操作の影響といった現代民主主義の弱点に光を当て、政治における能力や判断力の役割を問い直す試みとして注目されている。  第二に、動物倫理の分野で進む「政治的転回」の潮流を踏まえる(Milligan 2015)。従来の動物倫理が個々人の行為規範に焦点を当ててきたのに対し、政治的転回は動物の扱いを制度・政策レベルで検討することに注目する。一方で、動物は自ら政治的要求を示せないため、政策に利益を反映させるには必然的に「代表」を介する必要がある。例えば、コクランは動物の利益を代弁する代表を選ぶ方法として、無作為に選ばれた市民で構成される熟議型の選出会議を設け、その会議が代表を選ぶ仕組みを提案している(Cochrane 2018)。しかし、動物の利益を誰が代弁すべきかという点は、依然として十分に検討されていない。  本発表が提案するアニマル・エピストクラシーは、この理論的空白に対し、動物の代表者を「知識」を基準として選出することの正当性を主張する。動物福祉学や動物倫理学に関する基礎的理解を持つ者は、動物が何を必要とし、何に苦痛を感じるかをより正確に把握できるため、動物の利益を適切に代弁し得るだろう。一方、動物に関する知識が乏しい者は、種差別的偏見や無知によって動物の利益を誤って評価する危険がある。この点から、知識に基づく選抜は動物の利益を反映させるうえで、既存の民主的決定より好ましい結果をもたらす可能性がある。  本研究の新規性は、動物の政治的代表に関する議論にエピストクラシー的視点を導入し、動物の政治理論とエピストクラシー論を架橋する新たな制度的枠組みを提示する点にある。また、動物代表制にエピストクラシー論を応用することで、従来のエピストクラシーが受けてきた批判を一定程度回避しつつ、その理論的強みを生かす可能性を示すものである。

参考文献 Brennan, J. (2016). Against Democracy: New Preface. Princeton University Press Cochrane, A. (2018). Sentientist politics: A theory of global inter-species justice. Oxford University Press. Milligan, T. (2015). The political turn in animal rights. Politics and animals, 1, 6-15.